ある出会い・・病院で
定期的に受診しているT病院でのこと。診療科は予約制。概ね4週間に一度、受診しにくる患者が多いから,その顔ぶれは日頃声を交さなくても見覚えのある人が多い。 そこで、よく見かける一人のおばぁさん・・仮にSさんとよんでおこう。Sさんは腰はかなり曲がっていて度の強いメガネをかけている。お年は80代の後半位か。待合コーナーのソファで順番待ちをしていると、話好きな人と見えて隣の人にもよく声をかけている。
それに、読書が好きらしく、いつも本を手にしている。文庫本サイズのものが多いようだ。ある時、私の右横の二人目に座っていた。隣の人は男性で座るとやおら本を読みはじめた。さりげなくチラリとみると縦書きの大きな文字の本。その隣にいたSさんは早速、その人に声をかけた。
「それは何の本ですか?」「詩吟の本です。上杉謙信です。」・・と答えた。「上杉謙信の詩吟ですか? いいですね チョッと聴かせて下さいよ。」その男性は、一瞬戸惑ったような顔をしていたが諦めたのか・・低い声で一節を吟じはじめた。「いいですね。」とSさん。何か微笑ましい思いでそんな光景を眺めていた。
先日、診察室前の待合席でSさんと隣り合わせになった。今日も本を読んでいて私が隣に座ると早速問いかけてきた。 「ダンナさん 囲碁や将棋はやりますか?」「以前は両方ともやりましたけど最近はあまりやりませんね・・・」と私。
Sさんは読んでいた本の内容の一部を指差して「これは何故なんでしょうね?」と聞いてくる。読むとその部分には「囲碁や将棋の専門棋士は脳疾患になりにくい」と書いてある。
医者でもないし、確信はないけれど全く答えないのも素っ気ないかと思い「詳しいことは分からないけど」・・と前置きした上で、こんな話をした。「囲碁も将棋もゲームの世界とはいえ一種の戦争ですね。弱ければ負ける。
だから、相手が攻めてきたときに、こちらはどんな手を打って相手に返すか、それを何手か先まで読んで打つ訳ですから精神を集中して考えますね。プロならなお更のこと。その考えるという行動は恐らく脳の血流をよくすることにつながるのだと思いますよ」。Sさんは「ハアー」と感心?したような声をあげ、間もなく順番が来て診察室に入って行った。
自宅に帰ってから念のため、このことをネットで調べてみた。「ある実験によると囲碁教室に通っている小学生について対局中の脳の働きを調べたところ大脳の前頭前野に血液が多く流れて対局中は、この部分が強く働いていることがわかった」・・との記述を見つけた。私がSさんに話した内容は全くのピント外れでもない様なのでチョッピリ安心した。
あとで、このSさん・・名前の方は○○○さんということを知った。お袋が没してから10数年になる。年齢的にはお袋よりも若いけれどSさんの名前の読みはお袋と同じ、イメージが重なって見えてきた。
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