動画のテスト
最近は動画サイトが増えてきた。静止画より動いた方が楽しいし、面白い。PCだけでなく携帯にも利用できるから利用の価値はある。これは、地元紙、K新報のネットニュースの動画サイトを利用している。今回はテストとしてブログに利用してみたもの。
最近は動画サイトが増えてきた。静止画より動いた方が楽しいし、面白い。PCだけでなく携帯にも利用できるから利用の価値はある。これは、地元紙、K新報のネットニュースの動画サイトを利用している。今回はテストとしてブログに利用してみたもの。
先般、「終活の序曲」を書いた(3月4日)。ところが、東北大震災(3月11日)の発生で予定が大幅に狂ってしまった。沿岸部にあった菩提寺の墓地は津波の被害をもろにうけた。県の沿岸地域にあった寺院・墓地等は程度の差はあっても大きな被害を受けた。秋のお彼岸を迎えても修復工事は一向に進まず、悲しい墓参を迎えた人達は多かったようだ。 我家のお墓石・燈篭も倒壊、外柵は破損した。
4月に初めて現場に入って、その惨状を見たとき自然の力の恐ろしさと、もっと静かな場所に休ませて供養したいとの想いを一入感じたものであった。そのためにも従来から念頭にあった改葬の手続きを早急に進めたいと思った。
それにしでも、ここの墓地の復旧は相当早かったように思う。復旧の進んでいない寺院・墓地等のニュースはよく見・聞きした。 改葬のためには色々と手順がある。 何よりも受入れ側の墓地の確保、現在の墓地からの改葬手続き(行政に対する許可申請、菩提寺の証明印要)を済ませた後、現在の墓地での「閉眼供養」、お骨あげをして新墓地に改葬する。そして新墓地では「開眼供養」をした後、。移転してきたお骨をを新墓地に納骨する。 また、これまでお世話になってきた前の墓地は更地にしてお寺にお返しすることになる。
しかし、これがすんなりといかない。元のお墓の撤去と整地は業者に依頼しなければならないから。平時ならすんなりと取り運ぶだろうが、今回は大震災の後だから業者の稼動は手一杯。それでも、10月の「閉眼供養」後の11月初めにはやっとこれも無事に終了した。きれいに整地された更地の写真をみていると何とも云えない感慨深いものがあった。
旧墓地の「閉眼供養」は10月にしたのだが、当日の住職とも思えぬ不愉快な行動には、実に後味の悪い、嫌な思いをした。でも、あの時のことの多くは語りたくない。その時は、お墓から「お骨上げ」を済ませるまではと、ただ「忍」の一字で耐えた。改葬に伴う菩提寺とのトラブルは色々と耳にするが、もう、思いだしたくもないと思っている。
もう、終わったことだ。忘れよう。新しい墓地で開眼供養の住職の読経を聴きながらそんなことを考えていた。 これで、「終活」の序曲は終わり、第一楽章へのステップへと進められるのだから・・。
庭の庄内柿は植えてから、かなり年数が経っていて木の大きさもいい形になっているのに実のつきが悪い。土地が痩せているとも思えない。よく諺に「桃・栗三年 柿八年」といわれているものの、その兆しがなかった。今まで、一番多く実がついた年は小さめの柿15個だった。それでも、紅葉の時期になると、その年によっても異なるが、その紅葉の彩りがきれいなのが、せめてもの救いだった。落ち葉は風で飛び散るし、埋め込んでも中々枯れないから菜園の肥料にもならない。
それが、今年は大地震で揺られたせいなのか? 時折、冗談気味に、こんなに実のつかない木なら切ってしまおうか?などといっていたことがきいたのかは判らないが今年は大き目の柿40個ほど実がなった。これは我家のささやかな今年の15大ニュースに入りそうだ。
実をとろうとしても低い脚立では届かないし、かといって、木登りはできないから、高鋏を使って果実を切り落とし、その下で家族がビニール袋を広げてナイスキャッチして収穫した。収穫した渋柿はアルコールで渋抜きする手もあるが、やはり干し柿にすることにした。皮むきは小さめの包丁を使った。 少々心得のある??オジさんでも中々長めに皮はむけない。
皮をむいたらベランダの軒下に吊るす。でもこのままでは旨味がでてくると直ぐに雀などに見つかってやられてしまう。その前にホームセンターから防護ネットを買ってきて周辺に下げることにしよう。気になるのは気温・・このところ気温の高い日が続く。果たして、今年の仕上がりはどのようになるのか楽しみにしている。
庭の一角に立っているヒマラヤ杉は、ここの土地を購入したときに植栽してくれた記念樹である。年を経るにつれて どんどん成長してきた。枝は四方に伸びてきて屋根などにも触れるようになってきたので思い切って上部をバッサリと切り落としたのは5年前。その経過は記録としてブログにも書き残してきた。( 「ごめんネ ヒマラヤ杉さん」・・2006.8.23 )
あの時から5年を経過した。今年の大震災後も相変わらず余震は起きている。一頃に比べると回数はかなり減ったものの未だ気は許せない。昨日の夜も、携帯が激しく鳴動し、緊急地震情報が送られてきたばかり・・。
そんなこともあって震災後、いつしか朝起きると時折家の周りを見て回るようになった。基礎部分のコンクリートの亀裂に変化ないか、外壁に変化はないか等をサラッと見てまわる。
そんな状況の中で、ヒマラヤ杉の変化に気づいた。どう見ても傾きはじめている。今までは、あまり注意のしなかった所だ。それに根を張っている部分の表土が心持盛り上がってきている。 余震、台風(強風)のことを考えると無視する訳にもいかない。倒木となれば方向によっては屋根を壊したり、隣家に迷惑をかけることにもなる。その太さは5年前の根元周りは92センチだったのに 今は1メートル近くと太ってきている。
あまり大きくなってくると危険になってくるので、いづれは伐採しようと思っていたものの、この樹には愛着があり、延び延びになっていた。しかし今回は思い切って根元から切ることした。ウィキペディアの解説によると・・・ヒマラヤ杉は「成長すると、高さ20-30mの高木になる。樹形は 円錐形。根は比較的浅く、樹が大きくなると台風などで倒れ易い。・・」とある。オオッ怖い。
残った切り株には「ありがとう」の気持ちを添えて「記念樹 ヒマラヤ杉、2011.9.30 ここに眠る」という主旨のプレートを張って置こうかなぁ~と呟いていたら家族に笑われた。変かなぁ~~~。 (^0_0^)
今年の「定禅寺ジャズフェスティバル」は21回目を迎えた。一時は開催を危ぶまれたものの、この日を迎えることができて良かったと思う。初日(10日)に出かけようと思っていたら真夏日となったので暑さを避けてパス、2日目に行ってきた。大震災があっただけに、今年の開催は特別な意味を持つ。参加バンド数は730以上、ステージ数は45(2日間)。メイン会場の市民広場はビッグバンドが中心で現地に着いたときには椅子席は満席、しばし足をとめて、この場の雰囲気を楽しんで いて気がついたら、お昼を かなり過ぎていた。
会場のまわりには焼きそば、広島焼き、やきとりなどの色々食べものや飲物の店がでている。食べながら、行きかう人並みを眺めながら食べるのはいいけど立ちっぱなしはいささかきつい。近くの縁石に腰をおろして・・ということになるのだが,そこも空スペースがない。会場周辺の雰囲気に浸りながらパクつく方がこのイベントの雰囲気に合っていると思いながらも・・諦めて近くのMデパート傍の日本そばの店に入った。ここの日本そばは三・八そば、山形の十割そばが懐かしい。客層は殆んどシニア世代。若い世代の人達の姿は見えない。
今回参加したバンドの中には、 津波で大きな被害を受けた大船渡市(岩手県)から出場したバンドなどもあったようだし、音楽を「心の支えにして」ということだろう。震災から半年が過ぎようとしている街角で、さまざまな思いが音楽に乗って交錯していたに違いないと思っている。
遅めの昼食後、ケヤキ並木の定禅寺通りを流しながら各バンドの演奏をきいた。通りに面している「東京エレクトロンホール」(県民会館)は修復中でまだ使えない。各バンドは人数の差はあっても、みんな熱心に演奏していたし聴衆もそれに応えていた。 初日には綾戸智恵さん・宇崎竜童さんの特別出演もあって多くの聴衆が集まったらしい。綾戸さんのコンサートは一度行きたいと思っているが、まだ実現していない。
杜の都にふさわしいイベントの一つが終わった。
普段は静かな、この住宅街も、町議会議員選挙がはじまって俄かに騒々しくなってきた。前回は残念ながら無競争選挙。それに対して今回は議員定数20名に対して30人( 現職16人、前職1人、新人13人)の人が立候補し、一転して激しい選挙となった。選挙用の掲示板には見事なくらいポスターがずらと貼られている。
日頃は見かけない他の地域の候補者の選挙カーも連日入ってくるから一段と賑やかな様相になってきた。
前回の無競争選挙とは異なり今回のような状態は議会等の活性化のためにもいいことだと思っている。新聞報道による候補者の年齢や経歴をみると世代交代の流れも感じる。現職の候補者自身も安穏としていられないだろうし当選した後も危機感をもって日常活動に取り組むスタンスに変えざるをえないと思う。現職の人達には、ご苦労さんでも、この激戦は貴重な体験になると思うし戦い抜いて欲しいと思う。
こうしてPCを叩いている間も、部屋の右・左の窓からは否応なしに選挙カーの音が飛び込んでくる。この激戦の結果は議会・行政のレベルアップに反映される一つのキッカケになると思えば、うるささも我慢できる。
時々、議会の傍聴にいき、各議員と行政サイドとの議論をきくようにしているが自分の心にストンと落ちてくるものに出会うことは少ない。テレビの国会の議論などに見られる激しいものは期待できないとしても・・・・。この辺の状況は他の自治体ではどうなのか? 事情に疎いから何ともいえないが・・。
今回の選挙は有権者数、想定される投票率(前々回は60%強)と立候補者数、前々回以降の有権者数の増加数などの要素を考慮すると、かなり厳しい数字がでてくる。 各候補の善戦を期待し開票の結果を関心を持って見守りたい。
炎暑の日が続くなぁ~と思ったら、ここ2・3日は気温が低く寒い。半袖から長袖まに、短パンから長ズボンへと急遽衣替え。予報では明日あたりから気温は上がってくるというから、いいのだが・・。こう気温の変化が激しいと、まだ灯油の少し残っているファンヒーターにするとか? 扇風機にするかとか出し入れが忙しくなる。さらに、まとまった雨が降ると地盤の緩んでいる地域では新たな災害を引き起こす可能性もあるから目が離せない。異常気象といってしまえば、それまでだが何か地球が変だネ・・・。 大体政治もおかしいし!!
大震災が発生してから5ケ月は過ぎたのに余震は一向におさまる気配をみせない。むしろ広域化してきているから安心はできない。緊急の地震警報システムは今月の11日からソフトウェアを改修して改善を図ったから、以前よりは精度は高くなってきた。従前だと警報が的中するのは3回に1回位の割合だったが、今回の改善により3回に2回位の精度になったというから喜ばしい。改善後,はじめて警報がなったのは、8月19日、このときは結構揺れた。今回のように長期間に亘って余震が続くと、1回目の本震は凌げても、その後の頻発する余震を何回もうけているうちに大きなダメージになってしまう可能性はある。丁度、ボクシングで1発、2発の強烈なパンチは何とか凌いでも、ボディブローなどを何回も受けていると遂にダウンに結びついてしまうのはよくあることだから・・。
今年も、例年ならそろそろ新米が話題になる時期になった。しかし、今年は福島の原発事故による放射能のセシウムの含有量をめぐって肉牛や米などの生産者は風評被害を含めて深刻なダメージを受けている。大変、痛ましいことだ。先日、ある大型スーパーに立ち寄ったとき、米の売場に大きな「新米」の文字が目についた。
宮城は米どころだ。美味しい米が色々とある。 少し早いと思ったが・・ホホゥ!新米が出てきたか!!・・とよく確かないで買って、あとでよく見たら何と「宮城県産」ではなく「宮崎県産」の米だった。いささか後ろめいた気持ちでご炊いて食べたが、あまり美味しくない。(生産者には申し訳ないけれど・・。)
大震災の影響で仙台市内のホールは殆んどが閉鎖されていたが、復旧がすすみコンサートなども開催されるようになってきた。この日は、青少年文化センターで「心のコンサート」(希望)が開催された。主催のS社会福祉法人は日本国内で生活するうえで困難をきたしている難民やその家族、在日外国人および元外国籍の人々の相談に乗り、また自立支援活動を行う法人とHP上で紹介されている。
ホールには日本とフランスの国旗が掲げられていた。とに角、催事を行えるようになって嬉しい。演奏者はトランペットのエリック・オービエ(フランス)と仙台フィルによるコンサート。プログラムは大震災の被災者への鎮魂の想いを「G線上のアリア」に托してはじまった。演奏曲目は「ハイドンのトランペット協奏曲」と「Gタルティーニのトランペット協奏曲」他に加えて、大きな被害を受けた石巻の高校の吹奏楽部の「希望の帆」と「天国の島」の演奏もあり、会場は盛り上がっていた。誰しも被災地に寄せる想いは同じなのだろう。
トランペットのアンコールは、「ラビアン・ローズ(バラ色の人生)」だった。若い世代の人達には,なじみがないかも知れないが私と同世代の人だったら懐かしい曲目だったと思う。
この旋律を聴いていたとき、2・3日前に行った木声会25周年記念演奏会のことを思い出していた。その日の第3部に組まれていた曲は「君に会ううれしさの」と銘打って戦前編、戦後編1・2)の流行歌メドレー演奏があった。記憶にある歌だけに懐かしさを感じていたが、この「ラビアンローズ」と見事に重なりあって強烈な印象と して残った。
今日の広島は戦後66年の原爆の日を迎えた。6日から始まる仙台七夕のテーマは「復興と鎮魂」・・。仙台も暑い一日になりそうだ。
今朝、早朝深夜ラジオをきいていた。時々、流れてくるサッカーのワールドカップの情報を夢うつつできいた。大勢はアメリカ有利の感じ。先制点をとられたらすぐ取り返し2-2の同点としPK戦にもつれ込んだ。その頃から深い眠りに落ち,起きてニュースを見たら・・「何~~~と」日本が優勝したではないか!!!
思わず拍手を送った。 朝食の話題はもっぱら「なでしこ」のこと。ここ、宮城では大震災以後、仮設住宅に移っても、連日の猛暑の中で大変なご苦労されているご家庭も多い。そんな人達も元気をもらったと思う。 勿論、私もパワーをもらった。感動をありがとう。
先般開催された、初の試みの「東北六魂祭」は観客数が想定を超え大きく混乱した。スケジュールの変更を余儀なくされ、折からの炎暑の中での催事だから熱中症で緊急搬送された人も多くででいたようだ。 実行委員会会長(仙台市長)は閉祭式の後、被災地を応援したいという多くの人の気持ちを運営面で支えきれず、本当に申し訳ない」と陳謝していた。想定していた来場者数は当初、1日約5万人、実際の人出は16日が約13万3000人に達し、17日は23万人を超えたという。
ささやかなミニ菜園に植えた「アイコ」(今年は黄色系)が色づき始めた。初物を食べてみると、美味~い・・。ここではシーベルトも関係ない。仮にあったとしても私は食べる。 シーベルトの話はもう聞き飽きた。それよりも「シューベルト」の曲を聴く方が気持ちが安らぐ。8月にS社会福祉法人主催の「心のコンサート(希望)」(仙台フィル)が開催される。早速、申込みを済ませておいた。
今年は震災の影響なのか今朝も鶯のホー・ホケキョの鳴き声がきこえてきた。おそらく、「なでしこ」の健闘を称える囀りの意味もあったのだろうと勝手に解釈している。
大震災後、4ケ月を過ぎようとしている。それでも余震はまだ続く。携帯(docomo)の緊急警報(エリアメール)が激しく鳴動した最後は6月23日。警報は比較的軽いものでも広域にわたるときにも出されるから、地域によっては影響の少ない所もあり、少しは気も楽になる。それでもあの鳴動がなると思わず身構えてしまう。 3月11日以降、何回かきいたので、少しは慣れ?てきたし、就寝時、身近に携帯をおく習慣もできてきた。
日常生活は回復しつつあるが大震災のツメ跡は依然として各所に残っている。周辺の住宅地ではブルーシートの屋根もよく見られるし、ブロック塀に大きな亀裂の入ったままの所もある。工事業者も手が回らないらしい。
一時は仙台市内のホールなどは被害を受け休演を余儀なくされていたものの、やっと仙台フィルのコンサートも開催されるようになってきた。嬉しい。聴きに行きたいと思っている。
暑さも本格的になってきた。夏の電力不足に備えるため、政府は1日、東京電力と東北電力管内の大口需要家に昨夏比15%の削減を義務づける「電力使用制限令」を発動した。一般家庭でも節電意識が高まり「節電の夏」が本格化した。我家でもエアコンを極力使わないようにするため長年愛用してきた扇風機の外に、もう1台求めようと家電量販店に行ってみたら、つい4~5日前まではかなりの種類があったのに売り切れ続出、目につくのは「予約注文受付中」の表示で入荷見込みは3週間先とのこと・・ここでも、この状態だから被害の大きかった地域では全て売り切れというのもうなづける。 ダイソン製品はいいけど高いから手を出しにくい。
熱中症は例年より多く、亡くなられた方も増えているようで..痛ましいことだ。更に、海岸地帯などの被災地では、暑さに加え、大量のハエが発生していてその対応にも苦慮されていて、その苦しみはよく理解できる。
こんな状態の中での政局争いの国会の動きは全く嘆かわしい。 国際的な評価は落ちるばかりだろうし、日本の政治家は三流と酷評されるのも仕方がない気がする。そこへ今度は「松本復興相」の失言による辞任問題が新たに発生じ・・お粗末の一言に尽きる。先般.経済学者の浜矩子さんが「絶句につぐ絶句・・・仕事しろ」と嘆いておられた。(5月2日天声人語)これは大方の国民の気持ちだろと思う。
仙台では東北各県の代表的な夏祭りのミニ版( 東北六魂祭 )が16日・17日の両日、仙台の街並で華やかな競演を繰げる。 元気をだそう。
頑張ろう 東北!! 頑張ろう 日本 !!
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